【連載 第4回】ラジオからテレビへ — 電気街の黄金時代
東京ラジオデパートの75年をたどる連載・第4回。第3回はこちら。
「三種の神器」の時代
1950年代後半から60年代にかけて、日本は高度経済成長のただ中にありました。テレビ・洗濯機・冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれ、家庭に電化製品が一気に普及していく時代です。
秋葉原はこの波の中心にいました。家電メーカーの製品が問屋街から全国へ流れ、駅前には家電量販の店が林立し、「電気製品を買うなら秋葉原」が全国区の常識になります。値引き交渉の掛け声が飛び交う、活気あふれる電気街の黄金時代です。
完成品の時代に、部品を売り続ける
家電が「買うもの」になったこの時代、「作るもの・直すもの」としての電気製品の世界はどうなったのでしょうか。
むしろ、深く豊かになっていきました。
- 修理の需要: 普及した家電は、やがて故障します。町の電器店の修理職人たちは、部品を求めて秋葉原に通いました
- オーディオの自作文化: 高度成長は趣味の世界も豊かにしました。真空管アンプからトランジスタアンプへ、自作オーディオは黄金期を迎えます
- アマチュア無線ブーム: 「趣味の王様」アマチュア無線の免許人口はこの時代に急拡大し、リグやアンテナの自作需要が部品街を潤しました
- 電子工学ブーム: トランジスタからICへ。半導体の時代の到来は、学びたい若者たちを部品街へ引き寄せました
家電の街・秋葉原の華やかな表通りの裏で、ラジオデパートをはじめとする部品街は、「作る人・直す人・学ぶ人」の世界を支える屋台骨であり続けたのです。
木造の限界
開業から20年。約33店で始まった木造2階建ての建物は、この繁栄を受け止めるにはいかにも手狭になっていました。老朽化も進みます。周囲を見れば、秋葉原の街並みはビルへと建ち替わっていく——。
デパートは決断します。木造の建物を取り壊し、鉄筋のビルへ建て替える。商いを続けながらの建て替えは容易ではありませんが、それは「これからも部品の街の中心であり続ける」という宣言でもありました。
1973年10月、新しいビルが完成します。地下1階から3階までを売場とする、現在の東京ラジオデパートの誕生です。
